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  <title type="text">Boya号の航海記</title>
  <subtitle type="html">古代の筏を復刻し、古代のルートを航海</subtitle>
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  <updated>2007-01-21T09:28:05+09:00</updated>
  <author><name>大和　勇希</name></author>
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    <published>2007-10-06T14:37:18+09:00</published> 
    <updated>2007-10-06T14:37:18+09:00</updated> 
    <category term="近況報告" label="近況報告" />
    <title>進水式</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<font color="#000000">私、ecoが9月末の数日間、エクアドルのPlayasへ行き、筏と船員に会ってきました！<br />
その時の報告をします。<br />
<br />
私の滞在中に筏を海に運んでくれた大和と、協力してくれたPlayasの皆さんに感謝です。<br />
あんな瞬間を体験できて、本当に嬉しかった。<br />
<br />
<font size="4"><em>～Playasへ～</em></font><br />
<br />
今年の２月に完成してから、筏はビーチに置かれたまま。まだ海にも浮かんでいない。<br />
今回の旅行で、密かに筏を海に運ぶ計画を勝手にたて、ギリギリにその計画を大和に伝えました。<br />
せっかく現地まで行くので、何か前進できればと考えて。<br />
<br />
これが、単純に筏を押して海に浮かべる、というものでない事を現地へ行き知りました。<br />
こんなにも修繕・改修する必要があったなんて！！！<br />
甘かった！<br />
<br />
現地では、大和があちこちで声をかけられ、相当有名人であるらしかった。<br />
ちょっと頼りないが、その人柄が現地で受け入れられているようだった。少し安心した。<br />
<br />
<font size="4"><em>～船員と対面～</em></font><br />
<br />
・ぺぺ<br />
私が現地へ行ったその前の日、船員としてフランス人・ぺぺ（エリック）が応募してきました。<br />
彼は1年半の南米旅行中で、どこかの宿で船員募集のビラを見て申し込んできたという31歳。<br />
とくに航海経験は無し。<br />
小柄で、無口でおとなしいが、お酒が入るとよく喋るようになる。マユあたりのピアスが怪しい！<br />
<br />
「おはよう」<br />
<br />
とホッペ・キスしたらヒゲが刺さって相当痛かった（苦笑）<br />
<br />
・ドラゴ<br />
イタリア人・ドラゴは３ヶ月前から船員として参加してくれている。<br />
話術に長け、お洒落な感じの57歳。ちょっと年齢がきになるところ。<br />
今回彼に会ったが、まだ彼がどういう人物なのか良く分からなかったな。<br />
<br />
</font><font color="#000000"><em><font size="4">～Playasで筏と対面～</font><br />
</em><br />
筏がどんなものかずっと想像するだけで、実物をみたくて仕方ありませんでした。<br />
その筏と初対面。<br />
<br />
感想は、、、、、あ・・・なにコレは？！<br />
<br />
迫力が全然無い！！！！<br />
<br />
枯れ木の塊、と言っては失礼な表現ですが、建造してから日がたっているせいか、材木に生命が感じ<br />
られず、迫力が無かった。<br />
と、率直に感想を大和に言うと、筏にニスを塗ればマシになると言う。<br />
<br />
で・誰が塗るの？<br />
私がニス塗りをすることになってしまいました～！！！<br />
<br />
最初はシブシブ、そのうちご機嫌でニス塗りを始めていると、<br />
<br />
「ニスは船員が足を滑らせる！」<br />
<br />
とドラゴからクレーム。ええっ、せっかく塗り始めたというのに！<br />
でも、砂をニスに混ぜて筏に塗ればOKでました。良かった。<br />
ニスを塗るごとに少しずつ筏の見栄えがよくなり、元気になるようで、塗っていて楽しかった。<br />
<br />
<font size="4"><em>～筏の修繕・改修～</em></font><br />
<br />
筏を海に浮かべるために必要なこと。<br />
・マストの補強<br />
・ホパの取り付け<br />
・アンカー取り付け<br />
・床の修理<br />
・グアラの取り付け<br />
・セメントの重り作成<br />
・その他（なんだったか忘れました・汗）<br />
<br />
とにかく、こんな状態で海に浮かべられない！ということで上記の作業を開始！<br />
現地・筏組合のカルロスとサンドカンというベテランを先導に、作業をすすめる。<br />
私もアンカーにペンキ塗ったり、船籍登録番号を筏に書いたりと、とても邪魔になりながら手伝い。<br />
<br />
作業中、ビーチの人々の見学がぞくぞくとあわらる！<br />
<br />
「アンタ達、なにやってんの？」<br />
<br />
みたいな感じで聞いてくる。<br />
筏は、ビーチの人々にかなり興味を持ってもらえたようです。<br />
<br />
「アンタ、筏乗るの？」<br />
<br />
とよく聞かれました。いや、私は乗りません。。。。乗りたくなってきてるけど・汗。<br />
<br />
<font size="4"><em>～海に浮かべるその日～</em></font><br />
<br />
9月29日（土）に筏を海に浮かべるべく、作業を続けてきました。<br />
その当日、実はまだ作業は終わっていない。<br />
<br />
早朝、朝食のパンを買いに出たところ、Playasのラジオ局のDJに会い、<br />
<br />
「午前7時30分から出演しないか？」<br />
<br />
とお誘いを受ける。<br />
願ってもないこと！放送で筏を海に浮かべるため、筏を押してもらうよう協力を呼びかけられる！<br />
他の、まだ寝ているメンバー（ぺぺ・ドラゴ）をたたき起こし、Playasのラジオへ生出演！！！<br />
なんと、私も放送室へ侵入して放送を聞いていました！<br />
<br />
でも、スペイン語なので全然何を話しているか分からず。ちょっとはスペイン語やっとくべきでした。<br />
とにかく、筏を海に出す、ということは宣伝できたようです。<br />
<br />
その後、筏の修繕作業を続ける。午後に潮が満ちる、そのタイミングまでになんとかせねば！<br />
と材料の買出しや作業をしている3時頃、TV局の取材がやってきた！<br />
<br />
筏に腰掛けて、船員全員がインタビューを受ける。<br />
何故か、私もインタビューを受ける！しかし、エスパニョールは理解できないため、英語で<br />
<br />
「Playasで一番好きな食べ物はナンですか？」<br />
<br />
と聞かれて<br />
<br />
「カングレーホ（マングローブガニ）！」<br />
<br />
と答える。前日の夜、エクアドルの友人がカニを皆に振舞ってくれたのだ。<br />
あれ？全然、筏と関係のないインタビューではない？まあ、いいか。<br />
<br />
そうこうしてインタビューを受けていると、ぞくぞくと野次馬が増えてくる！！！<br />
Playasのビーチ中の人が全て集まってきてるかと思うくらい、人は増える・増える！<br />
辺りは異様な雰囲気につつまれだした。物売りまで来て、お祭り騒ぎに！<br />
<br />
「今しかないでしょ！」<br />
<br />
と大和が言う。<br />
<br />
「筏を（海まで）押すの手伝ってもらえますか？」<br />
<br />
そう周囲にお願いしてまわった！もちろん、エスパニョールで。<br />
<br />
ここからの展開が早い早い！！<br />
筏の下へ丸太を敷き、総勢50人くらいで筏に手を添え<br />
<br />
「バモス（行こう）！」<br />
<br />
という掛け声とともに、筏が少しずつ少しずつ海に近づいていった。<br />
あまりの興奮と感激で、クラクラ。鼻がツーンと痛くなり涙出そうになった。<br />
大和も凄い感激しているようだ、目がキラキラしてきてる。<br />
そりゃそうだろう、自分が作った筏が、今海に浮かぼうとしてるんだ、一番嬉しいだろう。<br />
<br />
ついに筏は海に浮きました。皆、万歳と拍手。<br />
Playasの、皆さんのおかげです。Gracias★<br />
<br />
ところが！<br />
海上保安局がカンカン！局へ、筏を海に出す、と報告してなかったみたい。<br />
<br />
「なんで報告してないんだよ（怒）！」（私）<br />
<br />
「報告しようと思ったけど、急に筏を出すことになったから（怒）！」（大和）<br />
<br />
私も大和もちょいイライラ。<br />
頭から血の気が引きつつ、局にしょっぴかれてゆき、何やらエスパニョールでお叱りを受けるが、<br />
最後は？？？笑って握手している？！<br />
とにかく、丸く治まったようです。焦った～！！！<br />
<br />
押してくれた人達に振舞うジュースを急いで買出しに行った。<br />
お酒を振舞う予定だったが、エクアドルの国会議員選挙が明日に控えており、禁酒だという。<br />
エクでは選挙前2日間は禁酒だそう。熱いラティーノが多いせいでしょうか。<br />
<br />
ジュースを振舞ってる間、筏がどんどん沖に出て行く！<br />
筏にはぺぺとカルロス・サンドカンが乗っている。筏を追いかけるべくボートを出してもらった。<br />
<br />
浮いている筏に乗った。<br />
乗船して驚いたことは、かなり安定していること。<br />
確かに波はそれほど無いが、これなら航海に耐えられるんじゃないかと思った。<br />
この大きな筏で、果たして操縦が出来るのかどうか。<br />
<br />
それを確かめる為に、今から試験航海を始める。<br />
<br />
筏から降り、私は機上の人となり、日本へ帰りました。<br />
<br />
<br />
～～～～～～～～～～<br />
<br />
<br />
筏を海に浮かべたことは、大きな一歩。<br />
浮かべてこれで終わりではなく、こっからスタートすることになります。<br />
無事に試験航海を行えるよう、祈ります。<br />
<br />
</font>]]> 
    </content>
    <author>
            <name>大和　勇希</name>
        </author>
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    <id>boyaproject.blog.shinobi.jp://entry/5</id>
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    <published>2007-05-03T00:03:15+09:00</published> 
    <updated>2007-05-03T00:03:15+09:00</updated> 
    <category term="筏の実験航海" label="筏の実験航海" />
    <title>コンティキ号探検記</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<font color="#000000">1957年「コンティキ号探検記」は筑摩書房より初版が刊行されました。 <br />
この当時青年だった、今のおじ様たちの心をワシヅカミし、ドキドキさせた物語です。 <br />
<br />
１９４７年４月、コンティキ号はヘイエルダール他5名を乗せて、ポリネシアを目指して出航しました。 <br />
<br />
60年も前の話。 <br />
その頃の日本は、第二次世界大戦の敗戦によるGHQ占領下の只中。 <br />
特高警察などの思想取締りの法律や制度が廃止され、婦人の参政権や労働者の団結権も認められ、 <br />
壮大な社会実験の最中でした。 <br />
<br />
当時、日本国民にとって、突然おとずれた自由という価値や、民主主義の意味をのみこむことは容易ではなかったと思います。 <br />
<br />
日本ではそんな頃、ヘイエルダールは一つの学説を実証するために古代の筏を建造し、航海にでました。 <br />
<br />
【ヘイエルダールの学説】 <br />
当時の説では、「ポリネシア人の起源は西方（アジア・ユーラシア大陸）である」、というのが主流でした。 <br />
彼の学説とは、 <br />
<br />
「ポリネシア人の起源となったのは、西からではなく、南米である。」 <br />
<br />
南米の民が海を渡ってポリネシアにたどり着いた、というものでした。 <br />
<br />
昔、彼（ヘイエルダール）が滞在したポリネシアの島で、老人から酋長・ティキの存在を聞きました。 <br />
ティキは「太陽の息子」と呼ばれていた白い肌にアゴ髭の人物で、同じ白色の人種を伴いその島に入植したと聞きました。 <br />
<br />
その後、インカ帝国前のペルーに、なんと同じ白い肌とアゴ髭を持つ人で「コン・ティキ（太陽ティキ）」 <br />
と呼ばれる天皇がいて、ティティカカ湖周辺に文明を築いていましたが、その白い人々は他の部族からの襲撃を受け、コンティキと生き残った数名は逃れて海を渡り西の方へ姿を消した、 <br />
という伝説に出会います。 <br />
西暦1100年頃の話、だということです。 <br />
<br />
ポリネシアの島のティキと、ペルーのティキは、同じ名前ではないですか！ <br />
ヘイエルダールは、もう疑わずに次の説を打ち立てます。 <br />
<br />
「ポリネシアの酋長ティキ」　＝　「ペルーの天皇コンティキ」 <br />
<br />
ポリネシアの島のティキと、ペルーのコンティキが同一人物であり、そのティキが白い民を従えてポリネシアに文明を伝達した、と考えたようです。 <br />
<br />
これに対して、学説の反対論者は言いました。 <br />
<br />
「南米の民族で太平洋の島々へ渡った者は一人もいない。そこへ行くことができなかったのです。」 <br />
<br />
「筏がありました」（ヘイエルダール） <br />
<br />
「そう、あなたは筏に乗って、ペルーから太平洋諸島へ旅行を試みることができる」 <br />
<br />
この時のやりとりが、直接の航海のきっかけになったようです。 <br />
<br />
【乗組員】<br />
船員についてご紹介します。船員は6人、ノルウェー人5人にスウェーデン人1人という構成でした。<br />
<br />
■トール・ヘイエルダール（ノルウェー）<br />
今回のプロジェクトの首謀者。<br />
元々は動物学と地質学を専攻していたが、ポリネシアのファッツ・ヒバでの滞在中、南米人がポリネシアに<br />
たどり着いて文化をもたらしたのではないか、との考えに至り、人種学へ転向。<br />
自らの学説を実証するため、航海することを決意する。<br />
<br />
■ヘルマン・ワッツィンゲル（ノルウェー）<br />
冷蔵技術の経験を得るためにアメリカに来ていた。<br />
お金がなくNYの海員宿泊所に滞在していたトールと同じ施設で出会い、筏Ｐの計画を知る。<br />
「くそっ。いっしょに行きたいなぁ。・・・私は熱力学を活用することができます」<br />
計画を知った時点で、まさか<font color="#ff0000"><em>まだ一人も乗組員が決まっていない</em></font>などと思いもしなかったんでしょう。<br />
<br />
「承知しました。一緒に行きましょう」（トール）<br />
<br />
この一言で、お互い全く知らない仲ですが一番最初の仲間が誕生しました。<br />
私のヘルマン評は、出航前に大怪我をしても航海への参加を断念することは全く考えておらず、<br />
皆の心配をよそに出航してしまうという、大胆で、ある意味怖いもの知らずのマイペースです。<br />
航海中には、確か冷蔵庫？作っちゃったということがあったと思います。<br />
当時、冷蔵技術ってトレンドだったんでしょうか？<br />
<br />
■クヌート・ハウグランド（ノルウェー）<br />
無線技師。トールの戦友。<br />
原子爆弾を手に入れようとするドイツ軍を阻止した落下傘降下に参加し、イギリス軍から勲章<br />
をもらう。<br />
<br />
■トルスティン・ロービー（ノルウェー）<br />
無線技師。トールの戦友。<br />
ノルウェーに潜入し、イギリスに送信機から情報を送り、戦艦ティルピッツを撃退するイギリス<br />
を誘導した。<br />
<br />
■エリック・ヘッセルベルグ（ノルウェー）<br />
ギターを弾く何度も世界をまわったことのある画家。トールの旧友。<br />
筋骨たくましい、マッチョマン。<br />
航海中も、色んな絵を描いていたようです。<br />
<br />
■ベングト・ダニエルソン（スウェーデン）<br />
ある探検隊がアマゾン地方のインディアンの研究を終え、その内の一人がリマに来ている、という記事を<br />
トールが切り抜いて持っていたところ、記事のその人本人がトールの所に現れて言った。<br />
<br />
「筏の計画のことを聞いたばかりです」<br />
<br />
<br />
&rdquo;それで学説をノックダウンするためにやってきたんだな。&rdquo;（トール）<br />
<br />
<br />
「それで筏に乗って一緒に行けないかどうか伺いに上がったのです」<br />
<br />
<br />
「わたしはその移民学説に興味があるのです」<br />
<br />
<br />
ということで、その人ベングト・ダニエルソンは6番目のメンバーになりました。<br />
世界は探検するに値する、と知った人は、次々と新しい物を発見しに行くものなのですね。<br />
<br />
以上の6人とオウムとで航海に出ます。<br />
クヌートとトルスティン及びエリックについては、トールが電報によって航海への参加を呼びかけました。<br />
6人は、ほとんどがお互いを知らない者どうしでした。それがよけい物語りをドキドキさせます。<br />
私たちのプロジェクトの、参考になったかどうかは分かりませんが・・・（笑）。<br />
<br />
【出航までの準備】<br />
<br />
トールとヘルマンは、まず筏を建造するためのバルサ材を買いに、エクアドルへやってきました。<br />
ところが！エクアドルで流通しているバルサ材では小さく、筏にする為のバルサ材はジャングルの奥地<br />
しかないということを聞かされる。<br />
<br />
<br />
「雨季が始まったばかりで、洪水と泥のためジャングルへ行く道は通れない。」<br />
<br />
<br />
そこでトールは考えた。<br />
アンデス山脈の雪の裸山からジャングルの内部へはいり、奥地の方からバルサの木のところまでたどり<br />
つけるとしたら？<br />
その可能性にかけることにしました。<br />
ですが、また別の問題にぶち当たります。<br />
<br />
<br />
「泥の中にはまっていると襲撃の危険があり、ジャングルの中へ連れて行く人も車もない」<br />
<br />
<br />
バルサ材を求めようとする「キベド」では、山賊が出没し、また首狩族も出るというい話を聞くことになる。<br />
<br />
<br />
首狩族＝首を刈る族<br />
<br />
<br />
「・・・（前略）彼らは頭蓋骨をぶっ潰して取り去り、頭の空の皮に熱い砂を詰める。だから、<br />
　頭全体が猫の頭ぐらいになってしまうんですよ。形や目鼻立ちはそのままでね。<br />
　・・・・（中略）バイヤーたちは法外な値段で旅行者に売っています」<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<em>「コン・ティキ号探検記」より</em><br />
<br />
実際の「縮小首」は頭蓋骨を抜き取り、石をつめるようです。<br />
そう言えばエクアドル・キトの赤道記念館に、縮小首のオモチャが売られていました！<br />
首狩については、ヒバロ族の「ツアンツア（乾し首）」の風習が残っていると紹介されています。<br />
（寿里順平:2005）<br />
部族間の抗争での、戦利品として作られていたようです。<br />
<br />
自分達がその｢縮小首」なるかもしれないという時、なんとトールとヘルマンは「縮小首」をお土産に<br />
1つずつ購入していたようです。<br />
そんなのお土産に買うなよ～！！<br />
<br />
トールには、筏伐採のためのスタッフと輸送手段が必要でした。<br />
どう考えても、山道に不慣れな自分達だけでは｢縮小首」になる確立が高くなります。<br />
そこで、アメリカ大使館の陸軍武官に　&rdquo;ジープとその地方を知っている運転手を貸してください&rdquo;<br />
と頼みました。<br />
<br />
なんと、これがＯＫされました。この背景には、トールたちのプロジェクトが既に多くの報道により知ら<br />
されていたことと、アメリカ人青年武官の若さと人柄が要因であったと思われます。<br />
<br />
バルサのある「ケベドト（Quebedo）」に着いてからも一苦労。<br />
蛇やサソリに襲われそうになりつつも、バルサの木を獲得しなんとか無事に任務を果たせました。<br />
毒アリに噛まれて苦しんでいた、約１名（ヘルマン）を除き・・・。<br />
<br />
【筏の建造】<br />
<br />
次は建造。<br />
ところが建造する場所が、まだ決まっていなかったようです。<br />
え・・・！そんなことまだ決まってなかった？<br />
<br />
トールはペルー・リマの港で場所を物色していて、軍港に目をつけます。<br />
ペルーの海軍武官よりもらった紹介状を持って、海軍大臣にお願いしたところ、<br />
&rdquo;外務大臣の命令でなければ許可することができない&rdquo;と断られました。<br />
<br />
そこでトールは、必殺　&rdquo;奥の手&rdquo;　に出ました！<br />
ペルーの大統領にお願いしてみることに！！チャレンジャーです！<br />
トールは、チリ人の考古学者に、個人的な友人であるペルー大統領への紹介状をもらっていたのです。<br />
<br />
大統領官邸でのやり取りは次のとおり。<br />
<br />
白い服を着た男が迎え、お掛けくださいと言って彼自身は行ってしまった。そしてもっと綺麗な部屋に<br />
案内された。そこで堂々たる人物が進んでやってきた。<br />
&rdquo;大統領だ&rdquo;<br />
と思って直立したが、その人は椅子に座ることを勧めて行ってしまった。<br />
その後また別のドアが開き、金ピカの部屋に案内されて待っているところへ、しっかりした足音が近づき<br />
堂々とした紳士に跳び上がって挨拶をした。<br />
だが、彼はもうじき大統領が現れると告げて出て行った。<br />
10分後に金モールと肩章をつけた男が入ってきて、素早く跳び上がって軽くお辞儀をした。<br />
&rdquo;　・・・・・！　&rdquo;<br />
だが、その男はちっぽけな部屋に案内して出て行った。<br />
<br />
「白い服を着た小さな男が入ってきた。そして私はどこへ連れて行くのだろうと思って、あきらめて　<br />
　待っていた。しかし彼はどこへも連れていかなかった。ただ愛想よく挨拶して立ったままでいた。」<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<em>「コンティキ号探検記」より</em><br />
その人が、ペルー大統領のブスタマンテ・リベロでした。<br />
<br />
トールは大統領に、軍港内の用地を筏建造に貸してもらうこと、出発の際に海岸から曳航してくれる船等<br />
お願いして、見事、受入れられました。<br />
<br />
大統領に逢うにあたり、緊張していたトールは相当困惑したようです。<br />
でも、ちょっとしたロシアの「マトリョーシカ」体験だったのではないでしょうか。<br />
</font>]]> 
    </content>
    <author>
            <name>大和　勇希</name>
        </author>
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    <id>boyaproject.blog.shinobi.jp://entry/4</id>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://boyaproject.blog.shinobi.jp/%E3%83%A1%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%82%B3%E8%88%AA%E6%B5%B7/%E3%83%A1%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%82%B3%E3%81%B8%E3%81%AE%E8%88%AA%E6%B5%B7" />
    <published>2007-03-04T22:59:07+09:00</published> 
    <updated>2007-03-04T22:59:07+09:00</updated> 
    <category term="メキシコ航海" label="メキシコ航海" />
    <title>メキシコへの航海</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<span style="COLOR: black">
<p><font face="Arial"><font color="#0000ff" size="4"><strong>エクアドルーメキシコまでの筏航海</strong></font><br />
<br />
</font></p>
<p><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝'; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: HE"><font face="Arial" color="#000000">第一段階としての古代筏の実証確認ができた後、筏によるエクアドルーメキシコ間の<br />
交易を実証するため、再度筏を建造し航海をする予定です。<br />
<br />
<br />
<a target="_blank" href="//boyaproject.blog.shinobi.jp/File/ddf823b1jpeg"><img alt="ddf823b1jpeg" align="left" border="0" src="/Img/1173016429/" /></a>この航海は、エクアドル海洋歴史研究所のホルヘ・マルコス氏と<br />
出会い、古代の昔に南米各地で筏による交易が行われていたと<br />
いう彼の説を知り、その説を実証する為に行われるものです。<br />
<br />
航海は、概ね4ヶ月から5ヶ月程度であると見込んでいます。<br />
<br />
第一段階の実証航海が無事に終われば、直ちに筏の建造へ<br />
取りかかります。<br />
<br />
<font size="1"><strong>※ホルヘ・マルコス氏<br />
</strong></font><br />
<br />
メキシコ航海は、エクアドルの海洋歴史研究所の協力を得て行われる予定です。<br />
</font></span><br />
<br />
<strong><font size="3">（エクアドル・バルディビア時代の古代の海洋筏について）<br />
<br />
</font></strong><font face="Arial" size="2">古代バルディビア時代とは、日本の縄文時代に当たります。<br />
</font><font face="Arial" size="2">バルサ材の筏は川でのみ使用されていたのではなく、小航海でも使われていました。<br />
<span style="COLOR: black"><font face="Arial" size="2">それらは主に漁をする筏として、また物を運ぶ為に使われており、更に水上に浮かぶ家<br />
としても使われていました。筏に乗り、時には遠くの地まで交易に出かけていました。<br />
<br />
</font></span><span style="COLOR: black"><font face="Arial" size="2">このバルサ筏の利点は、操縦に舵を使うこととは別の方法にあります。<br />
</font></span><span style="COLOR: black"><font face="Arial" size="2">それは&ldquo;グアラ&rdquo;と呼ばれる筏に垂直に設置される板を利用した操作方法です。<br />
グアラは、深い水の中に突き刺し、または持ち上げ、船の全ての動きに対して操作されます。<br />
</font></span><span style="COLOR: black"><font face="Arial" size="2">原住民はこのグアラを使い、筏の操作を行っていました。<br />
</font></span><span style="COLOR: black"><font face="Arial" size="2">時には彼等は５つか６つのグアラを使い、バルサ筏がコースから外れそうになるのを防ぎました。<br />
</font></span><span style="COLOR: black"><font face="Arial" size="2">筏が正しい進路に入った時、操作方法はグアラによって簡単でシンプルになりす。<br />
</font></span><font face="Arial"><font size="2"><span style="COLOR: black">事故にあった時は、グアラを上げるか下げるか、いずれかで対応することとなり</span><span style="COLOR: black">ます。<br />
このようにしてバルサ筏はいつも進行方向を保っているということです。<br />
<br />
<br />
</span></font></font></font></p>
<p><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝'; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: HE"><font size="3"><font color="#000000"><font face="Arial"><strong>（スポンディルス貝の商人達）</strong>　<br />
</font></font></font></span><font face="Arial" color="#000000" size="2"><br />
1909年、ペルー北部トルヒジョで多くのスポンディルス貝が発見された。それについて、<br />
&rdquo;なぜ（生息していないはずの）ペルーにスポンディルス貝がみつかるのか&rdquo;<br />
&rdquo;</font><font face="Arial" color="#000000" size="2">どこから運ばれてきたのか&rdquo;<br />
という疑問があり、そこからスポンディルス貝のルートや運搬方法について、多くの考古学者<br />
による調査が行われてきた。そしてさまざまな説は、エクアドルのホルヘ・マルコス氏の<br />
まとめにより明らかにされてきた。<br />
マルコス氏は、海洋歴史研究所会員兼、国立人類博物館に所属しており、今までの発掘<br />
調査をまとめあげ、エクアドルーメキシコ間でスポンディルス貝を用いた筏の交易が盛んに<br />
行われていたという説をたてている。</font></p>
<p><font color="#000000" size="2"><a target="_blank" href="//boyaproject.blog.shinobi.jp/File/6e530402jpeg"><font face="Arial"><img height="150" alt="6e530402jpeg" width="114" align="left" border="0" src="/Img/1169973909/" /></font></a><font face="Arial">スポンディルス貝は、雨乞いの儀式で使われていたことが分かった。<br />
スポンディルス貝は、海水が冷えると他の温かい海へ移動し、逆に<br />
</font><font face="Arial" color="#000000">海水が温まると繁殖することが分かっている。<br />
南米のシャーマンはこの観測を利用して、豊穣の儀式や雨乞いの<br />
儀式に利用していた。<br />
<br />
</font></font></p>
<p><font face="Arial" color="#000000" size="2">　　　　<br />
<br />
またスポンディルス貝は、神の食べ物（供物）として捧げられていたことが神話の中で示されている。<br />
<br />
</font><font face="Arial" color="#000000" size="2">スポンディルス貝の中でも&rdquo;　プリンシペ･スポンディルス貝　&rdquo;は、エクアドル又はコロンビア、<br />
パナマとメキシコでしか捕ることができない。<br />
バハ カリフォルニア湾で、エクアドルの筏乗りにより潜って貝を捕る為に使われていた石の<br />
アンカー（碇）や、スポンディルス貝を採集する際に使われていた石包丁が発見された。 <br />
現在でも、エクアドルだけでなくペルーの北部海岸地方まで筏漁が行われているが、<br />
筏の技術はエクアドルから伝わったものであると考えられている。<br />
<em><font size="3">　（</font><font size="2">2006年　雑誌Dinner　</font><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝'; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: HE"><font size="2">ホルヘ・マルコス氏より）</font></span></em><br />
<br />
「エクアドル人は、筏でメキシコまで行きスポンディルス貝を取引していた」というマルコス氏<br />
の説を</font><font size="2"><font face="Arial" color="#000000">実証するべく、古代の筏を復刻し、エクアドルからメキシコまでの航海を行うというもの<br />
ものです。</font></font></p>
</span>]]> 
    </content>
    <author>
            <name>大和　勇希</name>
        </author>
  </entry>
  <entry>
    <id>boyaproject.blog.shinobi.jp://entry/3</id>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://boyaproject.blog.shinobi.jp/%E7%AD%8F%E3%81%A8%E3%81%AE%E5%87%BA%E4%BC%9A%E3%81%84/%E7%AD%8F%E3%81%A8%E3%81%AE%E5%87%BA%E4%BC%9A%E3%81%84" />
    <published>2007-02-04T23:02:49+09:00</published> 
    <updated>2007-02-04T23:02:49+09:00</updated> 
    <category term="筏との出会い" label="筏との出会い" />
    <title>筏との出会い</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<p><font color="#000000" size="4"><strong><font color="#0000ff">（筏航海をするきっかけと出会い）</font><br />
<br />
</strong></font><font size="2"><font color="#000000">■アルゼンチン人　フォアキン・ゲレロイ氏との出会い<br />
<br />
</font><a target="_blank" href="//boyaproject.blog.shinobi.jp/File/f3e96fd4jpeg"><font color="#000000"><img lang="jp" id="フォアキンオジイちゃん" dir="ltr" alt="f3e96fd4jpeg" align="left" border="0" src="/Img/1170598543/" /></font></a><font color="#000000">ペルーで日本教師をしていた時、日本人女性留学生に<br />
会い、彼女のホームスティ先の方が新聞記者をしており、<br />
かつて取材したというアルゼンチン人の<br />
フォアキン・ゲレロイ氏を紹介してもらいました。<br />
フォアキン氏は、1956年にカントゥータ号（筏）でペルー<br />
－ポリネシア（タヒチの近く）までの航海を成功させて<br />
いました。船員は4名、約8000Kmの航海だったそうです。<br />
<br />
</font><font color="#000000"><font size="1"><strong>※フォアキンオジイちゃん、とても可愛い</strong><br />
</font>彼から、筏という丸太を合わせただけの乗り物で航海する魅力を語ってもらいました。<br />
フォアキンオジイちゃんの冒険もさることながら、その人柄と魅力に、すっかりはまって<br />
しまいました。<br />
<br />
<br />
■エクアドル人　マルコス氏との出会い<br />
フォアキン氏との出会いの後、エクアドルへ出向き現地で日本のツアー会社をされている方<br />
と知り会いました。<br />
この方は、かつて堀江謙一氏のアルミ缶筏の太平洋横断プロジェクトに協力しており、同じく<br />
プロジェクトの協力者であったヨットクラブの会長を紹介してもらいました。<br />
その会長の親戚で、エクアドルの海洋歴史研究所所属のマルコス氏に出会い、彼の学説を<br />
知ることになりました。<br />
<br />
マルコス氏の学説とは、古代バルディビア時代（日本では縄文期）、バルディビア人<br />
（エクアドル人）は筏という乗り物を使い、スポンディルス貝を用いた交易を行なっていた、<br />
というものです。<br />
</font></font><font color="#000000"><font size="2">その説の立証のためには、<br />
・バルディビア時代の筏を復刻し操縦性の確認をする<br />
・その筏に乗りエクアドルーメキシコ間の航海が可能か確認する<br />
上の２つが行われる必要がありました。<br />
<br />
</font><font color="#000000" size="2">■「バルディビア50周年記念祭」</font><font face="Verdana"><br />
</font><font face="Verdana"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝'; mso-bidi-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: HE; mso-hansi-font-family: Century"><font face="Verdana" color="#000000" size="2">平成18年8月、バルディビア50周年記念祭がエクアドルで行われ、偶然にも参加することになり<br />
ました。<br />
この祭典は、50年前に故エミリオ･エストラダ氏がエクアドルにある遺跡から土器を発掘したことを<br />
記念して行われました。<br />
エストラダ氏の発掘した土器とは、実は日本の縄文時代の土器に酷似しており、それに気づいた<br />
氏はベティ・メガーズ氏（アメリカ・スミソニアン研究所所属）に協力を求め、調査が開始されました。<br />
これら土器の類似性は、果たして偶然なのでしょうか。<br />
<br />
ベティ･Ｊ・メガーズは、研究の結果、九州におけるアタカ・ソバタ、そしてイズミの縄文早期・前期の<br />
遺跡においてバルディビアの特徴が集中して存在しているとし、また次のように言っています。<br />
<br />
「　もしそれらが六千年前の太平洋横断の成功の産物であるとしよう。何しろ、そのときの舟は<br />
　　ずっと原始的であった頃のことだから、はるか後世の文明化された（東南アジアなどの）<br />
　　アジア社会の人々にそのような航海ができないなどとどうして言うことができるだろう。　」<br />
<br />
それに対して、縄文人南米渡来説の反対論者は次のように主張しているようです。<br />
「　大洋を越えるには、おそらく一年以上かかっただろう。<br />
　　だから、それに耐えて生き残っている者など、いなかったはずだ　」<br />
<br />
学説では、古代縄文人の航海技術が争点となっているようです。<br />
<br />
<font face="Arial">■バルサ材の提供とNGOの設立<br />
<br />
上の学説を知り、ますます筏について強い興味を持ち始めた頃、エクアドルで農場を営む<br />
スイス人の方から、筏の材木となるバルサ材を提供してもらうことが出来ると知り、早速<br />
訪ねてバルサ材を頂くようお願いし、実証航海するため、筏の建造に踏み切りました。&nbsp;<br />
<br />
その後、エクアドルで、現地の協力者の人達と共に筏の文化を保護する活動や、環境保護に<br />
ついての活動をするNGO（エクアドル政府認可）を設立し、現在に至っています。</font><br />
<br />
</font></span></font><br />
</font><font color="#000000"><font size="4"><strong><font color="#0000ff">（実証航海の意義について）</font><br />
</strong></font><br />
今まで、マルコス氏の学説やエストラダ及びメガーズ氏の学説を立証するような、筏の建造も航海も<br />
行われていませんでした。<br />
<br />
私が実証航海に意義を感じているのは、第一に初めて歴史の実証をすることですが、それ以外に、<br />
今現在において &rdquo;　新しいものを作る　&rdquo; ということだと考えています。<br />
<br />
単に歴史の過程をなぞる、ということだけでなく、プロジェクトを行うことによって学説では語られて<br />
いない新しい発見や、最古の乗り物である筏を通して未来への価値を見出せると考えています。<br />
<br />
協力してくれる人達と、このプロジェクトをやり遂げ、成功させるのだという気持ちでいます。<br />
<br />
紀元前3000年頃に使われていた筏が、今再現されることによって、5000年前の人々のメッセージが<br />
受け取れればいいと考えています。<br />
<br />
それは環境についてであったり、利便性についてであったり、当時の航海術であったりするかもしれません。<br />
いずれにせよ、このプロジェクトを行うことは、古い筏を作るということではなく、協力者と共に<br />
&rdquo;　新しいものを作る　&rdquo;ということに価値があると考えています。<br />
</font></p>]]> 
    </content>
    <author>
            <name>大和　勇希</name>
        </author>
  </entry>
  <entry>
    <id>boyaproject.blog.shinobi.jp://entry/2</id>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://boyaproject.blog.shinobi.jp/%E8%88%B9%E5%93%A1%E5%8B%9F%E9%9B%86/%E8%88%B9%E5%93%A1%E5%8B%9F%E9%9B%86" />
    <published>2007-02-04T22:54:52+09:00</published> 
    <updated>2007-02-04T22:54:52+09:00</updated> 
    <category term="船員募集" label="船員募集" />
    <title>船員募集</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<p><strong><font color="#0000ff"><font size="4">【エクアドル</font><font style="BACKGROUND-COLOR: #ffffff" size="4">の筏航海のクルー募集】&nbsp;<br />
<br />
</font></font><span><font style="BACKGROUND-COLOR: #ffffff"><font color="#000000"><font size="4">&rdquo;6000年前、古代人は筏で海を渡り、<br />
&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; 南米まで航海をしていた！？&rdquo;</font><br />
</font></font></span></strong><span><br />
<font style="BACKGROUND-COLOR: #ffffff" color="#000000">&nbsp; 日本ではこの説についてあまり知られていないようです。私達はこの学説を実証し、古代日本人の<br />
残したとされる幻のルーツを探るためエクアドルと日本の関係史を研究し始めました。<br />
<br />
現在はエクアドル政府の協力を得て歴史の調査、古代から伝わる筏の保護、また環境保護を目的<br />
としたNGO法人 BALSA ECUATORIANA-JP</font></span><span style="FONT-SIZE: 10pt"><font style="BACKGROUND-COLOR: #ffffff"><font color="#000000">を設立するにいたりました。<br />
<br />
同時に同国海洋歴史研究所の協力をのもと古代人が使ったとされる筏を再現し、<br />
<br />
第一段階として筏の操縦性確認のため、</font><span style="COLOR: green">グアヤキルの近郊の湾内で試験航海</span>。<br />
<br />
第二段階として<span style="COLOR: #ff6600">エクアドル－メキシコ間の往復</span>５ヶ月程度の実証航海。<br />
<br />
最終目標は、<span style="COLOR: blue">エクアドルから北上後、太平洋を横断し日本までの大航海</span>を計画しています。</font></span><font color="#000000"><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 10pt; COLOR: black; FONT-FAMILY: Verdana; mso-bidi-font-family: 'ＭＳ 明朝'; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: HE; mso-fareast-font-family: 'ＭＳ 明朝'"><br style="mso-special-character: line-break" />
</span><br />
<a target="_blank" href="//boyaproject.blog.shinobi.jp/File/8e136c45jpeg"><font size="2"><img alt="bff3682bjpeg" align="left" border="0" src="/Img/1171093921/" /><img alt="d29536d1jpeg" align="left" border="0" src="/Img/1171093920/" /><img alt="8e136c45jpeg" align="left" border="0" src="/Img/1171093919/" /></font></a><br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
</font><font color="#000000"><font size="2"><br />
<br />
<br />
<span><strong><font face="Times New Roman">&rdquo;大海原を筏に乗って冒険してやろう! 歴史上の仮説を証明してやろう!&nbsp;&rdquo;</font></strong></span></font></font></p>
<p><strong><span style="FONT-WEIGHT: normal; FONT-SIZE: 10pt; COLOR: black">&nbsp;</span></strong><strong><span style="FONT-WEIGHT: normal; FONT-SIZE: 10pt; COLOR: black">この計画に賛同し、一緒に大海原へ出航してくれる仲間を募集しています。航海に少しでも<br />
魅力を感じてくれる方は、私エクスペディション</span></strong><strong><span style="FONT-WEIGHT: normal; FONT-SIZE: 10pt; COLOR: black">リーダー</span></strong><strong><span style="FONT-SIZE: 10pt; COLOR: blue">大和勇希</span></strong><strong><span style="FONT-WEIGHT: normal; FONT-SIZE: 10pt; COLOR: black">が南米エクアドルの<br />
熱帯都市グアヤキルでお待ちしております。</span></strong><strong><span style="FONT-WEIGHT: normal; FONT-SIZE: 10pt; COLOR: black"><br />
</span></strong></p>
<div style="MARGIN: 0cm 0cm 0pt -6pt"><strong><span style="FONT-SIZE: 10pt; COLOR: black"><br />
</span></strong></div>]]> 
    </content>
    <author>
            <name>大和　勇希</name>
        </author>
  </entry>
  <entry>
    <id>boyaproject.blog.shinobi.jp://entry/1</id>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://boyaproject.blog.shinobi.jp/%E5%A4%AA%E5%B9%B3%E6%B4%8B%E6%A8%AA%E6%96%AD/%E7%B8%84%E6%96%87%E4%BA%BA%E3%81%AF%E6%B5%B7%E3%82%92%E6%B8%A1%E3%82%8A%E5%8D%97%E7%B1%B3%E3%81%B8" />
    <published>2007-01-21T11:19:09+09:00</published> 
    <updated>2007-01-21T11:19:09+09:00</updated> 
    <category term="太平洋横断" label="太平洋横断" />
    <title>縄文人は海を渡り南米へ</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<p><font size="2"><font color="#0000ff" size="4"><font style="BACKGROUND-COLOR: #ffffff" color="#0000ff"><strong>6000年前<br />
<br />
縄文人が海を渡り<br />
<br />
南米大陸までたどりついた...！？</strong></font><font color="#0000ff"><font color="#000000" size="2"><br />
<br />
という説があります。<br />
　<br />
&rdquo;　そんな昔に、無理でしょう！　&rdquo;<br />
&rdquo;　どうやって？？　&rdquo;<br />
<br />
そう思われるかもしれません。<br />
<br />
ですが縄文時代、日本からエクアドルまで黒潮に乗り、土器の模様が伝播していた痕跡が<br />
見つかっていて、海を利用して南の島々と交易が行われていました。<br />
また、彼等は黒潮などの海流について、経験的によく知っていたようです。<br />
<br />
ときには遠洋にまで鯨を取りに行っていました。<br />
縄文人は、近海を自由に航海していたようです。<br />
<br />
縄文人が近海を航海するのであれば、もっと遠洋への航海にでることは、ありえると思います。<br />
たとえそれが、最初は漂流であったとしても。<br />
<br />
<font size="2"><font style="BACKGROUND-COLOR: #ffffff"><br />
<br />
<font size="3"><strong>【縄文人の南米渡来説】<br />
</strong></font>この説については複数の仮説がありますが、プロジェクトでは以下の２つを取り上げています。<br />
一つ目の「土器の類似性」はエストラダ・エバンス・メガーズ説、二つ目の「魏志倭人伝の記述」<br />
による説は古田武彦氏の説によるものです。<br />
<br />
<br />
■土器の類似性による縄文人渡来説<br />
<br />
エクアドル・日本の両国で発掘された土器について、驚くほどの類似性が認められ、<br />
縄文人により土器の装飾技術が南米に伝播したのではないか、という説です。<br />
<br />
50年前、アマチュア考古学者である故エストラダ氏がエクアドルから出土する土器と<br />
日本の縄文時代の土器について驚くほどの類似性を見つけ、アメリカ・スミソニアン研究所の<br />
メガーズ博士に相談したのがきっかけでした。<br />
<br />
縄文土器は、ある一定の技術の醸成過程を経て形状や装飾が完成されたものですが、<br />
エクアドルの土器はいきなり高度な技術の、縄文土器とそっくりな装飾土器が発掘されました。<br />
<br />
「誰かがその地(（南米）へ行き、土器の技術を伝えたのではないか」<br />
そう考えられています。<br />
<br />
土器の技術を伝えた「誰か」とは、いったい誰だったんでしょうか。<br />
<br />
<br />
■三国志・魏志倭人伝の歴史書による縄文人渡来説<br />
<br />
古田武彦氏は三国志・魏志倭人伝の一字一字を深く研究し、今まで軽視されていた<br />
次の一行、<br />
<br />
「（裸国、黒歯国）東南、航行一年にして至るべし」<br />
<br />
という陳寿の言葉をとらえ、<br />
<br />
「裸国・黒歯国」　＝　エクアドル・ペルー<br />
「航行一年」　　　＝　二倍年暦によると半年<br />
<br />
&rdquo;倭人は、航海期間半年とする南米航海（交流）をしていた&rdquo;<br />
<br />
という結果を導き出しました。<br />
<br />
&rdquo;裸国・黒歯国&rdquo;については、昔エクアドルのシャーマンがコカの葉と灰を口に含み祈祷することで<br />
歯が黒くなっていた、という話に基づくものです。<br />
<br />
&rdquo;航行一年&rdquo;この一年は、古田氏の「二倍年暦」によると、半年とされるようです。<br />
その根拠としては「祝詞（神を称える文章）」にある年間行事が一年の中で2回繰り返されていて、<br />
半年を一年としている、という考えによるものです。　<br />
<br />
古田氏は、この考えに至るにあたり、<br />
「ただ、三国志の著者、陳寿のさし示すところに従う」　　<br />
としています。<br />
【参考：「海の古代史」、「邪馬台国はなかった」古田武彦著】<br />
<br />
<br />
縄文人渡来説に対する説については、他にも複数ありますが、全てにおいて仮説の妨げ<br />
となっているものは<font color="#ff0000"><font size="3"><font style="BACKGROUND-COLOR: #ffffff" color="#ff6600">実際に縄文人が太平洋を航海できたのか</font><font color="#000000" size="2">という<br />
反論によるものです。<br />
<br />
<br />
古く日本では縄文時代に黒曜石やヒスイ等を原産地から地方や他国へ運ばれた痕跡が<br />
発見されており、縄文人が近海を航海していたようです。<br />
<br />
また江戸時代にはよく知られているジョン・万次郎やジョセフ・彦がいます。<br />
彼らは黒潮に流され太平洋を漂流し、アメリカ船によって救出されています。<br />
<br />
日本からアメリカ大陸には黒潮があります。<br />
そして、エクアドルから日本には南北赤道海流等があります。<br />
</font><br />
<font color="#000000" size="2"><br />
これらは縄文人南米渡来説の可能性として挙げられるのではないか、と考えています。</font><br />
</font><br />
</font>今もなお、上記２つの仮説について、調査や研究が続けられています。<br />
</font><br />
</font></font><br />
</font><strong>古代の筏で太平洋を横断<br />
</strong></font><br />
<font color="#000000"><font color="#000000">私達は筏を建造し、エクアドルから太平洋を横断し日本までの航海を計画しています。<br />
２つの説では語られていない、日本から南米に至るまでのプロセスについて、<br />
実際に航海をし、実証します。<br />
<br />
航海は冒険としてではなく、２つの説に更なる新しい&rdquo;発見&rdquo;があると信じ、その探検として<br />
行います。<br />
<br />
計画は、<br />
<br />
第一段階　　　　古代の筏を復刻し、その操作性・設計性等について調査<br />
<br />
第二段階　　　　筏を再度建造し、エクアドルーメキシコ間の往復航海<br />
<br />
第三段階　　　　筏を再々度建造し、エクアドルー日本間の航海<br />
<br />
という3段階で予定しています。<br />
<br />
まずは、現在グアヤキル湾での筏の操作性と耐久性を確認するための試験航海をします。<br />
この航海に参加していただける方を、募集しています。<br />
<br />
詳しくはこちら&darr;から確認してください。<br />
</font><a href="http://boyaproject.blog.shinobi.jp/Entry/2/">http://boyaproject.blog.shinobi.jp/Entry/2/</a></font></font></p>]]> 
    </content>
    <author>
            <name>大和　勇希</name>
        </author>
  </entry>
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