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2024/04/18 18:23 |
メキシコへの航海

エクアドルーメキシコまでの筏航海

第一段階としての古代筏の実証確認ができた後、筏によるエクアドルーメキシコ間の
交易を実証するため、再度筏を建造し航海をする予定です。


ddf823b1jpegこの航海は、エクアドル海洋歴史研究所のホルヘ・マルコス氏と
出会い、古代の昔に南米各地で筏による交易が行われていたと
いう彼の説を知り、その説を実証する為に行われるものです。

航海は、概ね4ヶ月から5ヶ月程度であると見込んでいます。

第一段階の実証航海が無事に終われば、直ちに筏の建造へ
取りかかります。

※ホルヘ・マルコス氏


メキシコ航海は、エクアドルの海洋歴史研究所の協力を得て行われる予定です。


(エクアドル・バルディビア時代の古代の海洋筏について)

古代バルディビア時代とは、日本の縄文時代に当たります。
バルサ材の筏は川でのみ使用されていたのではなく、小航海でも使われていました。
それらは主に漁をする筏として、また物を運ぶ為に使われており、更に水上に浮かぶ家
としても使われていました。筏に乗り、時には遠くの地まで交易に出かけていました。

このバルサ筏の利点は、操縦に舵を使うこととは別の方法にあります。
それは“グアラ”と呼ばれる筏に垂直に設置される板を利用した操作方法です。
グアラは、深い水の中に突き刺し、または持ち上げ、船の全ての動きに対して操作されます。
原住民はこのグアラを使い、筏の操作を行っていました。
時には彼等は5つか6つのグアラを使い、バルサ筏がコースから外れそうになるのを防ぎました。
筏が正しい進路に入った時、操作方法はグアラによって簡単でシンプルになりす。
事故にあった時は、グアラを上げるか下げるか、いずれかで対応することとなります。
このようにしてバルサ筏はいつも進行方向を保っているということです。


(スポンディルス貝の商人達) 

1909年、ペルー北部トルヒジョで多くのスポンディルス貝が発見された。それについて、
”なぜ(生息していないはずの)ペルーにスポンディルス貝がみつかるのか”
どこから運ばれてきたのか”
という疑問があり、そこからスポンディルス貝のルートや運搬方法について、多くの考古学者
による調査が行われてきた。そしてさまざまな説は、エクアドルのホルヘ・マルコス氏の
まとめにより明らかにされてきた。
マルコス氏は、海洋歴史研究所会員兼、国立人類博物館に所属しており、今までの発掘
調査をまとめあげ、エクアドルーメキシコ間でスポンディルス貝を用いた筏の交易が盛んに
行われていたという説をたてている。

6e530402jpegスポンディルス貝は、雨乞いの儀式で使われていたことが分かった。
スポンディルス貝は、海水が冷えると他の温かい海へ移動し、逆に
海水が温まると繁殖することが分かっている。
南米のシャーマンはこの観測を利用して、豊穣の儀式や雨乞いの
儀式に利用していた。

    

またスポンディルス貝は、神の食べ物(供物)として捧げられていたことが神話の中で示されている。

スポンディルス貝の中でも” プリンシペ・スポンディルス貝 ”は、エクアドル又はコロンビア、
パナマとメキシコでしか捕ることができない。
バハ カリフォルニア湾で、エクアドルの筏乗りにより潜って貝を捕る為に使われていた石の
アンカー(碇)や、スポンディルス貝を採集する際に使われていた石包丁が発見された。
現在でも、エクアドルだけでなくペルーの北部海岸地方まで筏漁が行われているが、
筏の技術はエクアドルから伝わったものであると考えられている。
 (2006年 雑誌Dinner ホルヘ・マルコス氏より)

「エクアドル人は、筏でメキシコまで行きスポンディルス貝を取引していた」というマルコス氏
の説を
実証するべく、古代の筏を復刻し、エクアドルからメキシコまでの航海を行うというもの
ものです。

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2007/03/04 22:59 | Comments(0) | TrackBack() | メキシコ航海

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